荒井由泰さんのアートコラム  
         版画の魅力とコレクションの愉しみ
                   第1回 版画との出会い

 
「版画」を中心に50年近くコレクションをしていることもあり、「あーとわの会」の堀さんのおすすめもあり、今回、「版画の魅力とコレクションの愉しみ」をテーマに5~6回シリーズで筆を執ることにしました。とりあえず、
①版画との出会い
②版画の魅力
③コレクション事始め
④小コレクター運動と版画
⑤版画コレクションへの招待 
のタイトルで月1回のペースで出稿したいと思っていますが、皆様のご期待に添う内容になるか不安がいっぱいです。個人的には「版画の復権」をアピールしたいので、良い機会になればと思っています。

① 版画との出会い

今年の3月、上野の国立西洋美術館で「プラド美術館展:ベラスケスと絵画の栄光」を見た。学生時代、プラド美術館を訪れ、ゴヤの黒い絵の部屋にいたく感動したことを思い出し、懐かしさもあっての鑑賞であった。ベラスケスの作品が数点とともに貴族の大きな肖像画が多く展示されていたが、表現のすごさは分かるがどうも心に響かない。何故かと考えると作品と自分の距離があまりにも遠いことに起因しているからなのであろうか。
一方、もう一つの企画展「マーグ画廊と20世紀の画家たち」で出会ったマチスのドライポイント(版画をつくる自画像)とブラックのエッチング(キュービズム作品)を食い入るように見てしまった。
小品だし、顔を近づけて見ることができる。ベラスケス作品には距離を感じたが、マチスやブラックの作品は身近に感じてしまう。もちろん好みの問題もあろうと思うが、版画好きの私には至福の時間となった。その理由の一つには価値・価格による距離感があるかもしれない。ベラスケスのようなスペインの宝には近寄ることさえできないが、版画ならば、複数性の恩典もあり、頑張れば身近に置くことが可能である。また、サイズが小さいことも魅力のようだ。

さて、私における「版画との出会い」について述べてみよう。母がアート好きであったことから、子供の頃よりアートには興味があったように思う。大学時代には展覧会に出かけ、アートに触れてきた。ポスターを買ってきて、それをパネルに張り、喜んでいた。大学3年生の時、「ヨーロッパの本場のアートや音楽を体感したい」と思い立ち、1年間(1970-71)休学して、フランス語の習得を理由にヨーロッパに出かけ、ルーブルをはじめとして各国の美術館に足を運んだ。ピレネーの麓のポーそしてスイス国境のまち・ブザンソンでフランス語を学んだが、多くの時間はヒッチハイクとユースホステル泊の気ままな旅であった。パリでは計2か月ぐらい安ホテルや屋根裏部屋での居候で過ごした。アートを勉強していると申し出て日本領事館で推薦状をもらい、エコール・ド・ルーブルで「レッセパッセ」という無料入館許可証をゲットして、ルーブル等の美術館に足しげく通うことができた。青春時代に本物のアートに接することができた経験は何物にも代えがたいと今になって痛感する。しかしながら、ヨーロッパでのアート体験の中では、まだ「版画」とは出会っていない。

日本に戻り復学したが、海外での経験が生き、卒業後ニューヨークで商社マンとして仕事をするチャンスが巡ってくる。1972年に3か月の日本での研修後、ニューヨークに赴任した。MOMA(現代美術館)、メトロポリタン美術館そしてグゲンハイム美術館など、アートがあふれる都市である。本屋に併設されたギャラリーで最初の出会いがあった。まだ、画廊などに足を運ぶ経験がない時である。作品に価格が表示されており、初めて自分の稼いだお金でアートは買うことができることを知った。アートは見るものと思っていたから、驚きの出来事であった。

最初のコレクション(アンドレ・マッソンのリトグラフ「3人の女性像」)を契機に、日本から創刊されたばかりの「版画芸術」を送ってもらったり、土曜日にはマンハッタンに出かけて、画廊巡りをはじめた。そして、私の版画の師匠ともゆうべき画商のアンディ・フィッチとの出会いがあり、版画コレクションに目覚めることになる。この話は③「コレクション事始め」のところで述べることにする。

自分のお金ではじめて版画を購入したこと、かつて我がふるさと福井県勝山市で中西氏というコレクター宅に寄宿していたご縁で版画家のリサさん(木村利三郎)のダウンタウンにあるアトリエをしばしば訪れ、いろんなアーティストやクリエーターとの貴重な出会いがあったこと、その背景に勝山では「創造美育運動」や「小コレクター運動」が盛んで、高校生時代、企画された展覧会で瑛九、靉嘔(アイオー)やオノサトトシノブを見ていたこと等が、すべて自分のコレクションやふるさとでのアートムーブメントと密接につながっていることに気づくことになる。詳細についてはこれからの展開のなかで述べることとする。
とりあえず、第1回はこれぐらいにします。次回をお楽しみに。